kaikokouji
2023美の起原展にて『京極湯』が
特別賞をいただきました。
来たる11/12(火)~19(火)、
銀座画廊 美の起原にて
受賞記念展 タイル物語 を開催いたします。
このページにて出品作品を
順次紹介させていただく予定です。
銭湯・旅館・ホテル・料理屋・遊廓跡...
さまざまな場所で時を経たタイルたちを
見つめながら、きままに空想する物語。
2023美の起原展 特別賞受賞作品
『京極湯』
十数年ぶりに、一族が揃った。
祖父の時以来になる。
思い出話に加賀弁が混ざる席を離れ、
今は静かになった店の入口の戸を引く。
あの「いらっしゃい」の声はもうない。
西陣京極という歓楽街の真ん中で、
2022年に75年の歴史を閉じた京極湯。
閉業後の昼間に見学の機会を得た。
入口の戸を引くと、
眠っていた空間に光の筋がのび、
美しいタイルのひしめきが照らし出された。
2023年、この絵の制作中に
京極湯は解体された。
釜やカランなどは、
他の数軒の銭湯で使われている。
岩山の道は、きっとあちらへ
繋がっている。
あちらがどんな世界なのか
誰も知らない。
帰ってきた者がいないから。
書体"ヒラギノ"の由来となった
柊野に建つ京都市最北の銭湯、柊湯。
水風呂には、カニや貝を象った
可愛らしいタイルがある。
傍に積み上げられた岩の上にも
そのタイルの道は続き、
タイル職人の遊び心が窺える。
遠くに見える湖の景色は、
女湯の壁一面を飾るモザイク画。
男湯は急峻な尾根の遠景。
配管の老朽化で2022年に廃業したが、
建物は現存している。
額に嵌めたタイルは、
ご主人からいただいたもの。
『柊湯(ひらぎゆ)』
『河童の泉』鳳明館森川別館
寂しさに耐えかねた河童は、
土をこねて恋人の人形を作った。
土が乾かぬよう、
毎日神社の森の中の清流から
柄長柄杓一杯の水を汲んできて、
恋人の周囲を優しく濡らした。
いつしかそれは浅い泉となった。
東京・本郷の伝統的な旅館、鳳明館。
本館・台町別館から少し離れた
森川別館には、森"川"の地名に因んだ
河童の男女が帳場の戸にあしらわれ、
シンボル的存在となっている。
河童の他にも柄長柄杓とエナガや
梅と鶯、桔梗と蜻蛉などなど、
盛り沢山の意匠が見られる。
額制作/大倉かおり
『河童の泉』鳳明館森川別館
『龍宮』鳳明館 本館
乙姫は後悔していた。
浦島太郎が家に帰ると言った時、
少し拗ねた気持ちになり、
あの箱を渡してすんなり帰したからだ。
あの箱には「時間」が入っていた。
乙姫には時間を封じ込める能力があり、
若さを失いたくないばかりに
自分の時間をいくつもの箱に詰め、
それは数百年分にも及ぶ。
せっかく留めた若さであったが、
長い年月でそれを披露できた相手は
浦島太郎ただひとりであった。
東京・本郷で学生の高級下宿から
旅館に転業した鳳明館本館。
タイル的な見どころは、
大浴場のひとつ"龍宮風呂"である。
鯛やヒラメなどを象った絵タイルが
浴室の壁を舞い踊っている。
森川別館のイカやカニの格子細工も
合わせてみた。
額制作/大倉かおり
『水の綾』ホテル富貴
あの部屋はどこだったのだろう。
トンネルを歩いた気がする。
時折明滅するナトリウム灯。
薄暗い路地に現れた古い玄関。
「こっちで待っときや」と祖父。
鳥籠の中でてんてんと跳ねる文鳥。
祖父の歩いて行った先から
少し女の人の声が聴こえた。
大阪・京橋の昭和レトロなラブホテル、
ホテル富貴(ふき)。
竣工当時のこだわりの内装を護るため、
並々ならぬ努力をされている。
本館の浴室タイルや革のドアの意匠と
"302号室 江戸"の天井を飾る春画を
組み合わせ、少し開いた排水口を
隠喩的に使って女性の想いを描いた。
額制作/大倉かおり
『大番』
勝子は緊張していた。
長年夢想していたことを
決行する朝が来たのだ。
遠くに朝刊配達のバイク音がする。
うちの前で停まり、足音が響く。
新聞受けがカタっと鳴る。
今だ。
差し込まれてぬっと出た朝刊を
ぐいっと引っ張る。刹那、
「ぅわっ」
と驚いた声。成功だ。
「待ち構えとったんかい」
配達のおじさんの独り言。
勝子はにんまりと笑った。
大阪・西成にあった大番。
玄関周りのふっくらした赤いタイルは
とろけるように艶かしく目をひいた。
ウイークリーマンションとして
ひっそりと余生を過ごしていたが、
'23の3月に通りかかったところ、
すっかり更地になっていた。
在りし日のまま描き遺すことにした。
額制作/大倉かおり
『紫陽花』日の出湯 (葛飾区)
早く着き過ぎて、入口で1本吸う。
紫陽花のように七色に変化しながら
番台裏の型板ガラスに人の動きが見える。
待っていたシルエットが座る。
「いらっしゃい」
この声に迎えられるだけで
幸せな入浴時間になる。
今年で創業78年を迎えた日の出湯。
堀切菖蒲園から徒歩9分。
現在の建物は、'64年に建てられ、
当時の姿をそのまま保っている。
絵は玄関の腰壁に貼られたタイルだが
他では見たことのない珍しいもの。
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