kaikokouji
銭湯・旅館・ホテル・料理屋・遊廓跡...
さまざまな場所で時を経たタイルたちを
見つめながら、きままに空想する物語。
2023美の起原展 特別賞受賞作品
『京極湯』
十数年ぶりに、一族が揃った。
祖父の時以来になる。
思い出話に加賀弁が混ざる席を離れ、
今は静かになった店の入口の戸を引く。
あの「いらっしゃい」の声はもうない。
西陣京極という歓楽街の真ん中で、
2022年に75年の歴史を閉じた京極湯。
閉業後の昼間に見学の機会を得た。
入口の戸を引くと、
眠っていた空間に光の筋がのび、
美しいタイルのひしめきが照らし出された。
2023年、この絵の制作中に
京極湯は解体された。
釜やカランなどは、
他の数軒の銭湯で使われている。
岩山の道は、きっとあちらへ
繋がっている。
あちらがどんな世界なのか
誰も知らない。
帰ってきた者がいないから。
書体"ヒラギノ"の由来となった
柊野に建つ京都市最北の銭湯、柊湯。
水風呂には、カニや貝を象った
可愛らしいタイルがある。
傍に積み上げられた岩の上にも
そのタイルの道は続き、
タイル職人の遊び心が窺える。
遠くに見える湖の景色は、
女湯の壁一面を飾るモザイク画。
男湯は急峻な尾根の遠景。
配管の老朽化で2022年に廃業したが、
建物は現存している。
額に嵌めたタイルは、
ご主人からいただいたもの。
『柊湯(ひらぎゆ)』
『河童の泉』鳳明館森川別館
寂しさに耐えかねた河童は、
土をこねて恋人の人形を作った。
土が乾かぬよう、
毎日神社の森の中の清流から
柄長柄杓一杯の水を汲んできて、
恋人の周囲を優しく濡らした。
いつしかそれは浅い泉となった。
東京・本郷の伝統的な旅館、鳳明館。
本館・台町別館から少し離れた
森川別館には、森"川"の地名に因んだ
河童の男女が帳場の戸にあしらわれ、
シンボル的存在となっている。
河童の他にも柄長柄杓とエナガや
梅と鶯、桔梗と蜻蛉などなど、
盛り沢山の意匠が見られる。
額制作/大倉かおり
『河童の泉』鳳明館森川別館
『龍宮』鳳明館 本館
乙姫は後悔していた。
浦島太郎が家に帰ると言った時、
少し拗ねた気持ちになり、
あの箱を渡してすんなり帰したからだ。
あの箱には「時間」が入っていた。
乙姫には時間を封じ込める能力があり、
若さを失いたくないばかりに
自分の時間をいくつもの箱に詰め、
それは数百年分にも及ぶ。
せっかく留めた若さであったが、
長い年月でそれを披露できた相手は
浦島太郎ただひとりであった。
東京・本郷で学生の高級下宿から
旅館に転業した鳳明館本館。
タイル的な見どころは、
大浴場のひとつ"龍宮風呂"である。
鯛やヒラメなどを象った絵タイルが
浴室の壁を舞い踊っている。
森川別館のイカやカニの格子細工も
合わせてみた。
額制作/大倉かおり
水面を風がふわっと撫でて
現れた水の綾のように
騒めく心。
大阪・京橋の昭和レトロなラブホテル、
ホテル富貴(ふき)。
竣工当時のこだわりの内装を護るため、
並々ならぬ努力をされている。
本館の浴室タイルや革のドアの意匠と
"302号室 江戸"の天井を飾る春画を
組み合わせ、少し開いた排水口を
隠喩的に使って女性の想いを描いた。
額制作/大倉かおり
『水の綾』ホテル富貴
『大番』
勝子は緊張していた。
長年夢想していたことを
決行する朝が来たのだ。
遠くに朝刊配達のバイク音がする。
うちの前で停まり、足音が響く。
新聞受けがカタっと鳴る。
今だ。
差し込まれてぬっと出た朝刊を
ぐいっと引っ張る。刹那、
「ぅわっ」
と驚いた声。成功だ。
「待ち構えとったんかい」
配達のおじさんの独り言。
勝子はにんまりと笑った。
大阪・西成にあった大番。
玄関周りのふっくらした赤いタイルは
とろけるように艶かしく目をひいた。
ウイークリーマンションとして
ひっそりと余生を過ごしていたが、
'23の3月に通りかかったところ、
すっかり更地になっていた。
在りし日のまま描き遺すことにした。
額制作/大倉かおり
『紫陽花』日の出湯 (葛飾区)
早く着き過ぎて、入口で1本吸う。
紫陽花のように七色に変化しながら
番台裏の型板ガラスに人の動きが見える。
待っていたシルエットが座る。
「いらっしゃい」
この声に迎えられるだけで
幸せな入浴時間になる。
今年で創業78年を迎えた日の出湯。
堀切菖蒲園から徒歩9分。
現在の建物は、'64年に建てられ、
当時の姿をそのまま保っている。
絵は玄関の腰壁に貼られたタイルだが
他では見たことのない珍しいもの。
『カニの体重計』日の出湯 (葛飾区)
ある村に、秤のついた泉があった。
カニをお供えすると、
その分量に応じて水が湧いた。
村人は、泉にカニ好きの水神様がいると思っていた。
しかし実はタコが棲み、水の出る穴を塞いでいて
カニに釣られて出て来た時に
水も出てくるのであった。
日の出湯のタイルは本当に圧巻である。
床一面のカニや貝が入ったタイルは、
子どもたちが喜んで夢中になっているうちに、
親にもゆっくり入ってもらうのに役立つ。
男湯は壁に金閣寺と舞妓、間仕切りに南国風景。
女湯は壁に洋風庭園、間仕切りに孔雀やインコ。
脈絡がないが、タイル職人さんの趣味だそうだ。
マーブルタイルに縁取られた浴槽を覗くと、
モザイクの金魚!
東京一モザイクタイルを多用した銭湯ではなかろうか。
額制作/中村公隆
『罠』鳳明館 (文京区)
蜘蛛はなぜ自分の巣に引っかからないのか。
縦糸はつるつるで
横糸は粘球が付いていてねばつく。
だから縦糸だけを選んで歩く。
鳳明館本館の洗い場のひとつに、
ボーダーのマジョリカタイルを発見した。
白いタイルに螺旋状の柄が渋く映える。
台町別館でお気に入りの蜘蛛の巣の意匠と
森川別館のお手洗いのタイルを組み合わせ、
鳳明館3館のコラボレーションとなった。
蜘蛛の巣からの発想で初めて糸を使い、
横糸の粘球をレジンで表現してみた。
『鬼ヶ城』大源 (京都府福知山市)
おにがじょう だいげん
その昔、福知山の鬼ヶ城には茨木童子という鬼が住み、
大江山の酒呑童子という鬼と相呼応して
一味の鬼たちと近隣を荒らし回っていた。
ある日、源頼光の一行が討伐に出かけ、
酒呑童子は討たれたが、茨木童子は逃げることに成功する。
しかし戦いの際、源綱に腕を斬り落とされてしまった。
茨木童子は、怒りのあまり雷となって
斬られた腕を取り返そうとするのであった。
みなもとのつな
しゅてんどうじ
いばらきどうじ
福知山の老舗、ふぐ・仕出し料理屋の大源。
モダンなドアに惹きつけられて近づくと、
まるで電気が縦横無尽に走っているようなタイルが
貼られ、これもまたモダンであった。
制作にあたって初めて鬼ヶ城という山を知り、
そこに住んでいたという茨木童子の伝説を読んで、
このタイルのイメージと繋がった。
茨木童子を討ったのは源綱。
大「源」の店名となんだか符丁が合う。
私は一時期、大阪の茨木市水尾というところに
住んでいたが、ここ(旧水尾村)が茨木童子の
出生地であるという伝説もあって驚いた。
『百代の過客』第二友栄楼 (京都府八幡市)
はくたいのかかく だいにゆうえいろう
たくさんの草履が踏む。
もっとたくさんの靴が踏む。
やがて人は途絶え、
穏やかな日々が訪れた。
最盛期の1937年頃には90軒近くの貸座敷が並び、
通りはさながら“男の川”だったという
京都・橋本遊廓。
第二友栄楼はその中でも最古の1軒であった。
1958年の売春防止法施行以降は普通の民家となり、
家の持ち主が亡くなると、解体して駐車場になる予定で、
数軒先の大きな建物を買って旅館にしていた女性に
旅館の駐車場としてどうかと話が持ちかけられた。
女性はこの素晴らしい建物を解体することは出来ないと
借金をして買い取り、自力でコツコツと修繕をして
2021年、中国茶カフェ「美香茶楼」として
生まれ変わらせた。
こうした変遷を経て来た玄関のタイルは、
今も静かに時を記録している。
文が届いて読んでみると、
李白の『紫藤樹』が綴られていた。
紫藤掛雲木、
花蔓宜陽春。
密葉隠歌鳥、
香風留美人。
『紐解く』
その界隈では有名な書籍、
『全國遊廓案内』。
表紙の女性をいつか描いてみたい
と思っていた。
独特の色味を表せるタイルはないかと
探していたところ、
大阪市生野区の”平和温泉”の外壁に
思い至り、額に合わせて六角形にした。
額制作/大倉かおり
天の水を求めて、
人々は礼拝堂を建て、
毎日の祈りを欠かさなかった。
大阪・天下茶屋の天水湯の玄関には、
陶器作家ロジェ・キャプロン(1922-2006)
がデザインしたタイルが貼られている。
銭湯では、日本でもここだけかも知れない。
このタイルを選んだのは、
現在も女将・若女将と交代で番台に座る
大女将。
額制作/左鴻亜希子
『天水湯』 (大阪市西成区)
『繕い』福寿湯 (大阪市西成区)
修繕の多いところは、
きっと人気の場所なんだ。
大阪市西成区の福寿湯。
創業は大正時代で、今の浴室は
昭和37年の改装時から変わっていない。
石造りで腰掛け部分の付いた浴槽や
石畳の床は大阪銭湯の特徴である。
洗い場の整えられ方にも修繕跡にも
ご主人の姿勢や愛情が窺える。
薪沸かしの釜場で作業をされる手は、
力強くて美しかった。
『渦』福寿湯 (大阪市西成区)
誰もその流れには逆らえない。
福寿湯の脱衣場にある洗面台。
まるで金魚が泳いでいるような
色合いの、小判型のタイル。
初めて見た時は、胸が高鳴った。
2020年に1度小型の絵を描いたのだが、
自分でも気に入り過ぎて、
今回拡大して再度描いた。
青もみじを映す流れの中、
鯉はどんどんのぼってゆく。
時代を感じる右横書きの”温泉”と
独特の形が目を引く京都・伏見の新地湯。
創業は1931年、旧中書島遊廓に隣接する
南新地にある。
玄関を入ったところの玉石タイルの中に
青もみじのタイルが散らばっている。
他では見たことのない形のもみじだ。
この絵を絵葉書にしたところ、入手して
番台に飾ってくださっている。
2021年に小型のものを制作したが、
既に手元にない為、今回拡大して再制作した。
『新地湯』 (京都市伏見区)
『呉竹湯』 (京都市伏見区)
エンドレスの追いかけっこ。
京都市伏見区の呉竹湯(2019年末閉業)は、
日本一鯉タイルが多い銭湯である。
男女浴室で40もの鯉タイルが貼られている。
もちろん、脇を固めるモザイクタイルの多様さ、
ご主人が下絵を描かれたという雄大な風景のタイル絵も、
タイル好きには垂涎ものだった。
ラドン224は、マイナスイオンを発生させ、
人体に取り込まれるとトロン220になる。
このラドンの鉱石をカゴに入れて浴槽に沈めてあるのが
「ミネラル温泉」の素である。
奥から滝のように溢れ出したお湯が、
順番に下の浴槽に流れていく面白い構造で、
効率良く循環していく。
ご主人は、太平洋戦争中は海軍、戦後は北海道で漁師を
された後に呉竹湯を継業、64年と2ヶ月の幕引きには、
連日大勢のファンが名残を惜しみに来た。
物凄い量の勉強もされていて博識。
96歳の今もお元気であるようだ。
2021年に小型のものを制作したが、今回拡大して再制作した。
額制作/大倉かおり・着色加工/こだんみほ
『刈谷浴場』 (愛知県刈谷市)
電気浴で凝りをほぐしながら、
ベスビオ山(思い込み)を眺める。
ここが日本のテルマエ・ロマエ。
6本のモザイクタイル貼りの柱が、
古代の神殿を思わせる刈谷浴場。
大正12年に創業し、平成23年に
88年の歴史に幕を下ろした。
刈谷市最後の銭湯であった。
内部にもタイル円柱が見られ、
外観のイメージを踏襲している。
閉業後10年以上経って伺う機会を得、
色々なものが置かれた中に
電気風呂の装置を発見した。
あまりのかっこよさに、
タイル以上に描いてみたくなった。
額制作/大倉かおり
足型に合わせて静かにお乗りください。
パワーが溢れ、お花畑が見えるでしょう。
これであなたの体重は見なかったことに
なりました。
鏡に笑顔を映して静かにお降りください。
物語は、完全な自虐である。
この絵のタイルは、
多治見市モザイクタイルミュージアムの
個展のため、
「玉石に日本菊」「マーブルタイル」の
収蔵サンプルを参考に描いた。
全体の形状と足型は、京都府福知山市の
「櫻湯」(閉業)の窓や体重計を元にした。
額制作/大倉かおり
『体重計』
『菖蒲』万代湯 (大阪市住吉区)
こどもの日、父に菖蒲園に連れられて来た。
「菖蒲の葉、刀みたいやろ」
なるほど、来週の剣道の試合の戦勝祈願か
と気づいた。
「菖蒲は勝負、尚武とおんなじ発音なんや」
帰りに銭湯で、
父と並んで菖蒲湯に浸かった。
富士山をイメージしたサーモンピンクの
モルタル看板。
暖簾をくぐると、一面に菱形タイルが貼られた玄関。
3D効果で凹凸があるような錯覚に陥る。
大阪市住吉区の万代湯は、今年5月末、
74年の歴史に幕を下ろしたばかり。
菖蒲湯の月でもあった。
菖蒲を象ったタイルはダイヤストンといい、
万代湯ではなく豊川稲荷近くの料理屋跡で
発見したものだ。このタイルが大好きで、
別の作品でも描いている。
両方を合わせて、菖蒲園を歩くイメージにした。
額制作/中村公隆